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Mastodonのサーバー指定とかシェアタグ消す方法がマジわからん。
タイッツーで改行コード入れると上手く動かん。
おしえてエライヒト!
ライトノベル的な何か 一つに絞るつもりが色々出てきます。
私は孤児だった。
貰われたのが教会だったから生きてこられた。
勿論、そういう人間は大抵一生教会の為に働くことになる。
死ぬ事に比べればずっとマシだし、教育も受けられる。
一定の成果が出れば僧侶として修行を積む事もできる。
僧侶として一定の成果が出るならば、社会的な身分もずっとよくなる。
拾ってくれた教会がよかったというのもあるが、私はただただひたすらに僧侶としての勉強と鍛錬を続けることとなる。
師匠と呼ぶべき人にも恵まれた。
実力のある立派な僧侶が、私のことを才能があると褒めてくれた。
驕ることなく修行を続ける。
十八の時、勇者のパーティに加わるように教皇と枢機卿からの任命を受けた。
旅は私を含め、パーティの勇者や魔法使い、戦士の成長を促した。
そして、我々は事を成したのだ。
三十前に帰還を果たす。
さる大きな教会の大司教として迎えられると言う。
しかし、私はまだ他に役目があるのだと確信していた。
旅の途中での様々な出来事に出逢って心動かされたのだ。魔王や魔族関係なく、この世界の多くの不幸、悲しみ、苦しみそうしたものを救いたいと願ったのだ。
私に求められるのは教会の祭壇から御高説を垂れる事ではない。
大司教には私より適任者がいるだろうし、そのような論功行賞のような人事よりも、能力に適した人が出世するのが、教会にも社会的にも正しいだろう。
それから私は放浪の僧侶として半世紀ほど修行と祈りと救いの旅に生きた。
その間に、仲間たちの死の届けを知ることになる。
私には何ができただろうか?
勇者は政争に破れて処刑され、魔法使いは残党の魔族に破れた。戦士は隠遁生活をしていたが、遂に寿命が来たようだ。
そして、遂に私にもお迎えがやってきた。
ある寒村の教会。
司祭やシスター、村の人々が見守っている。
私は呟いた。
「私は天に召される資格があるだろうか?」
この世でもう少し上手くやれたのではないか? 自分のしてきた事に後悔はない。だがこれが正解だったのだろうか?
魔王が討伐されてから、世界はずっと平和になったし、魔族との衝突もずっと少なくなった。それでも苦しんでいる人はまだまだいるのだ。
世界が暗く沈んでゆく。
気持ちは穏やかであり、しかし淀みはあった。
その時、不思議なことが起きた。
村人が言うには奇跡であると言う。
私の身体が眩い光に包まれ、そして少女の身体へと変貌を遂げたという。
私は、七人の目撃者に口止めをし、新たな旅の準備を整えてもらった。
見習いの巫女の装いと、特徴のない使い古しの杖、私の僅かばかりの装備や道具を路銀に替えて、静かに村を出たのだ。
巫女に格段の資格はない。
教会がまだ原始的な時代、巫女が国教の担い手だった事もある。しかし、聖職者が制度化される過程で、土着宗教との紐帯となる巫女が顧みられることはなくなった。
今や巫女とは土地土地の風習に結びついた存在か、聖女の元で働く女性、さもなくば祈りと僅かばかりの術を頼りに巡礼する胡乱な存在でしかなかった。
で、あるのなら、教会から推薦を受けて、然るべき保護を受けるのが、”人”としての正解だろう。
だが、ここ半世紀、教会の腐敗は目に余るものになっていた。
善良な僧侶は僻地へと追放され、富と権力が集中される事となった。
教会と王様の二頭政治は形骸化された。
そんな只中にただの少女が投げ込まれて、幸福な想像ができるほど、この世界に楽観的にはなれなかった。
そうした事情で私は再び修行の旅に出たのだ。
村長は反対したが、司祭が説得してくれた。
私は聖都で権力者の玩具にされるのは不幸と考えた。しかし、そうかと言って、ただの歩き巫女と言う生き方は気楽でも自由でもない。
村長や司祭が約束を守ってくれたお陰で、変な噂が流れることもなかった。
私はただの平凡な巫女として各地を歩く。
世間の扱いは酷く、嘲りや野次はいつものことだ。
小娘の説く説法なんかに誰も耳を傾けない。
何度か公然と犯される時すらあった――そうでない場合? 分かるだろう?
それらはどれも、痛く、苦しく、そして尊厳の全てを踏みにじられた。
処女を奪われた日、その時生まれて初めて死んでしまいたい気持ちになった。
僧侶という生き物が死を願うなど笑い事だ。
そうだ。世の中は悲劇という名の狂気の喜劇が繰り広げられているのだ。
その時は、それこそが私に課せられた試練なのだと思うようにした。
私には修行が足りず、"幸福な死"を迎えるには何かが足りないのだと考えるようにした。
そして、私はそのチャンスを与えてくれた天に感謝し、いつも祈りを捧げる。
そうでもしなければ気が狂いそうだったからだ。
そんな言い訳が真実だなんて思える筈もない。だが、強くそう念じることで正気を保てたのだ。
かつての自分が、公衆の面前で得意気に説法していられたのは、教会の威光や勇者の偉業によるものだったのだ。
それでも私に出来ることは精一杯に、出来ないことでも力の限り人の事を想うこと――たったそれだけのこと。
私に向かって手を伸ばす人々には、神の御手による秘術を施す。
感謝される時もあれば、逃げるように去って行く人もいる。
見返りを求める意思はないのでそれでいい。その方が気分がよいまである。
各地を巡り、そしてヒトが何故、ここまで不幸なのかを見定めようとした。
しかし目に見えている事はいつも同じだ。
何か偶然に恵まれた人はそれを原資に豊かになり、原資の手に入らない人は永遠に地を這い続ける。
個々人の努力や苦労が偶然と不運に磨り潰され、天恵を自分が受ける必然と考える人が抑圧する。
大きな悪があるのではなく、人間の人間的な作用が全ての人を不幸にしている。
人間は本質的に変わらない。小さな違いが累積的に大きな違いを生む。そしてその小さな違いは、本人の意志よりも本人にはどうにもならないことに左右される。
農民の息子が読み書きできないのに、同じ歳の貴族の子供が詩を諳んじることが出来るのは、貴族の子供が特別優れた人間だからではない。
生まれつき目の見えぬ人は、予め神より罰を受けている訳ではない。
重要なのは――人が平等であるべきだと言って均質を求めることや、その実、平等に扱わなくてよいと言う理屈を作る事ではない。
そういうどうしようもない中で、如何に生き延びるかでしかない。
その過程で、不幸が再生産されると言う事実を正しく認識することだ。
その中で、できる限り良くあろうとする努力こそが真に評価されるべきことなのだ。
では、この世界、この人間の世の中で、それがどれほど出来るだろうか?
私には分からない。
どれほど旅をして、どれほどの不幸を見た所で、或いはどれほどそのような事を体験した所で、私には何もできないのだ。
何十年も旅をしてきて、修行だ何だと御大層な事をしてきて、それで分かったのは、私自身には何もできないと言う、何の利益もない答えだったのだ。
こうしてただ人の世を憂う事で、何か自分が特別な人間だと思っている。
そうやって自分の問題から目を背けているのだ。
生まれてこの方ずっとそうだ。
自分の問題とは何だろう? それすら分からない。
私は自分を欺く為に生きてきたのだろうか?
だけど、それがすっかり習い性になって、欺きを取り除いた姿さえも分からない。
幸いなのか不幸なのか、私はなかなか死ぬことができないようだった。
再び旅を始めて十年。身長も容姿も変わることはない。
厳しい冬山でも死ぬことはなく、激しい渇きにも数ヶ月の絶食でも死ぬことはなかったのだ。
絶食は半年目に入っていた。
山道を歩いている時、一人の魔族に出逢った。
彼女は人の姿――一言で言えば美しい娘に化けていたが、私にはすぐに判断ができた。
魔族の手に掛かって死ぬのも悪くない。
「ここならば誰も見ていない。
さぁ、私の肝を食らうといい」
魔族は人を食らう。故に魔族は滅びるべき存在なのだ。
「どうして?」
彼女はやや芝居がかった様子で首を傾げた。
「あなた魔族でしょ?」
「そんな剣呑な事を言わないでよ。
冗談でも言わないで頂戴。
魔族の嫌疑が掛けられた人間は、証拠もなにもなしに殺されてしまうんだから」
魔族は、人間の世間話をするように抗議した。
「こんな山奥、誰もいないよ」
私が答えると続ける。
「”聞いた話だけど”」
彼女はそこを強調しながら話し始めた。
「あくまでも誰かから、知らない誰かから聞いたことだけど、魔族って別に人を食べなくても死なないそうよ」
彼女がやや必死に見えた。
私は意地悪を言いたくなったのだろう。
「じゃぁ、なんで人は食い殺されるの?」
少しにやけながら尋ねた。
「”私は知らないけど”、誰かが言うには、食べなくちゃ生きられない古い魔族がいるみたいね。
でも、そんな魔族、大抵、勇者”様”とか”立派な人達”が倒しちゃったみたいよ」
彼女が魔族と知っていると見ると、ずっと面白い会話に思えた。
「それだったら人間に降参してしまえばいいじゃない?」
「人間同士だって奴隷だ農奴だってあるのに、私が――じゃなくて魔族がそういう扱いを受けないで済むと思う?
あの古い魔族の魔王が殺されて、遂に魔族の代表者もいなくなって、みんな散り散りになって、なんとか身を隠して生きているって言うのに、そんなことが可能だと思う?」
彼女は思ったよりも淡々と語っていた。
彼女のことが少し好きになってしまった。
「人間を恨んでいるのか?」
彼女の真意が知りたかった。
「さぁね。私、魔族じゃないし」
「貴方はどうなの?」
私の問いかけに彼女は戸惑い、そして答える。
「人間だって人間って存在そのものを全肯定できるかしら? 魔族が魔族を全肯定できないみたいに。
違わない?」
私は即答した。
「私は巫女だから、人間の善性を信じるよ」
「貴方はどうなの?」
いきなり意趣返しをしてきた。
私はどういったものかと思ったが、彼女の言葉をそのまま返そう。
「魔族も人間も同じだよ。誰も全肯定なんてできないよ」
「貴方は変わってるわ」
魔族は笑った。
「そう言われるね」
私が笑うと、魔族は真面目な顔で尋ねる。
「貴方、本当に人間?」
「貴方が人間なら私も人間だよ」
そう答えると、「人間同士仲良くやらない? この生活もなかなか大変なのよ。迷惑かけないし、修行とか邪魔しないから」と笑った。
自分がそこで感じた事を一言で言い表すのは難しい。
でも、なんとなく全てがバカらしくなった。
彼女に遠慮されながら旅をしたいか? じゃぁ、彼女とここで別れて今まで通り生きるのがいいのか?
私の頭が嘗てないほど熱くなった。
「修行はたった今から止めるわ」
私は妙にスッキリした気持ちになった。
苦しんでいるのは人間ばかりではない。全存在が苦しい。
私が苦しいわけじゃない。苦しいのは普通の事だ。
私が苦しいのじゃないのだ!
「信仰も捨てる! 一人の人間として生きる!」
私は思い切って女神"様"を象ったペンダントを谷に投げ捨てた。
彼女は何かを言おうとして、そして思い留まったようだ。
そしてありったけの笑顔で尋ねてきた。
「私はアンナ! 旅の狩人だよ。貴方は?」
「私はマリア! 今は……どうしようかな、魔法使いにジョブチェンジしようかな?」
アンナは私を確かめるように眺めると、「その魔力で?」と笑った。
「私、秘術の力が大きくて、魔力が見えにくいんだよ」
そう言うと彼女はびっくりする。
「本気で言ってる?」
彼女は明らかに"知ってる側"だった。
「貴方だって、本当の魔力じゃないでしょ? 人間って色々あるのよ」
私が微笑むと彼女も表情が緩んだ。
「私だって"人間"だから色々あるし」
私が彼女を魔族と見切ったのは、彼女にも驚きだろう。
魔族が人間になりすますとき、魔力を極端に抑えて、魔族としての魔力探知をやり過ごす以外の方法がない。
魔力の形を人間のように偽装するなんて、そんな高度な技術、かつて手合わせした幹部クラスでもなかなか出来ることではない。
そして自分の自慢になってしまうが、このクラスの偽装を見破るのは聖都にさえいるかどうか怪しい。
私達はある意味似ている。
人を欺きながら生きていくしかない。
私は巫女の服を脱ぎ捨てた――清浄の魔法で綺麗にして売る事も出来るだろうが、そんな小綺麗な服を転売価格で買える巫女なんてそんなにいないだろう。
巫女の服は棄ててしまうのが一番だ。
他の多くの巫女のように行き倒れた死体とのように大地に還る。山に還る。
近くの街のギルドに臨時の冒険者として登録する。
アンナが言うのは、だだの狩人として何処かの街に定住するのは、先住の猟師との関係で上手く行かないのが普通だという。獲物を横取りされる可能性なんて誰もよしとしないだろう。だから、臨時の手伝いとして小銭を稼いで生きていくのが唯一の道なのだ。
「私みたいな人間、長居してもいいことないでしょう?」
彼女は街や村の規模によって一週間から二ヶ月程度滞在して仕事をして、頃合いを見て立ち去ると言う生活を続けているそうだ。私も似たようなものか。
私は大きい街の方が居場所がなかったのだけど。
ギルドの掲示板を眺めて、割の良さそうな仕事を見つける。
その中には「魔族退治」なんてものもある。
「器用にやれない奴もいるからさ」
アンナが淋しそうな顔をしているので、「こ、これにしよう! 畑を荒らす突獣の退治! 肉もその場で買い取ってくれるそうだし!」と私は適当な依頼を手にした。
アンナは「突獣って、弓矢一発ぐらいで倒せないくせに沢山いるから、矢代で赤字だよ」と笑った。
私は「良い方法があるから」と、強引に受付に持っていった。
街からほど近い農村へと出掛ける。
夜な夜な突獣が現れて畑を荒らすので、根こそぎ退治して欲しいと言うのが願いだった。
「みんな困っているしね」
私が笑うと、アンナは「ほんと、これでいいの?」と護身用の短剣を手にして困惑している。
私が「夜目が利く魔法を掛けようか?」と尋ねたら「私、そういうのいらない身体だから」と、短剣を握り直した。
「止まってたら、それで倒せる?」と尋ねる。
「二、三匹なら? この身体だと結構制限掛かるからね」
「じゃぁ、バフするね」
そんな話をしていると、見回りをしていた農夫が掛けてきた。
「あっちの畑で出た!」
私達は彼らにその畑の周囲から逃げるように促し、問題の畑へと急いだ。
そこには一頭の大きな突獣が畑の周辺を嗅ぎ回っていた。
体長は百五十センチを超えている。体重は二百キロ近くあるだろう。突き出た鼻頭に大きな牙。あんなものに突進されたらたまったものではない。
慎重な生き物だ。強い雄の偵察が終わったら仲間を呼んでお食事タイムというわけである。
私達は身を隠し、その時を待つ。
突獣のことなんて深く知らないからどういうタイミングで仲間が呼ばれたのかよくわからないが、突獣は一頭、また一頭と増えていく。
そして、一通り揃い、畑に広がって、地面をほじくり返している。
私は杖を翳し、減速魔法を掛ける。
減速というかほぼ停止する。
同時に短剣の刃と、アンナの腕力へのバフを掛ける。
行動開始だ。
彼女は「凄い! 凄い!」 と喜びながら突獣を葬っていく。
減速魔法は生き物の時間を奪う魔法なので、喉笛を掻き切ってからも血が飛び散ることはない。しかし例えば心臓を刺すとか頭部を破壊するとかすると、魔法は解除される。
アンナはそういうのを理解しているのだろう、確実な部位を一つずつ潰していく。
「できたよ!」
アンナが戻ってきたので魔法を解除する。
一斉に断末魔の叫びと血しぶきが広がる。
「マリヤ……分かってたけど、貴方、普通じゃないわね」
手前味噌になってしまうけど、高等級冒険者でもこの規模、この時間、そしてこの減速率で減速魔法を掛けられる人はいないだろう。
「誰も見てないなら本気出してもいいよね?」
私がアンナに向かって舌を出すと、「”人間の”魔法使えるのずるいなぁ」と笑ってくれた。
戦いが終わり、農夫たちをかき集める。
篝火が焚かれて、彼らはめいめいに突獣の血抜きをしていく。
すぐ血抜きをしなくちゃ食えたものじゃないから――頸動脈が切れているので、血抜きの手間は随分と省けた。
農家の人々は歓喜の声を上げて、干し肉や腸詰めがいくら作れるか算段していた。
私達が手早く群れを全滅させたお陰で、追加の”肉代”も奮発してもらった。
少し納屋を貸してもらって朝まで仮眠する。
「こういう暮らしも悪くないね」
私が笑うと、アンナは「私は普通に家で静かに暮らしていたかったけどね」と呟いた。
「ごめん……」
「時代だもの、仕方ないわ」
私達は目立たない仕事を少しずつこなしていく。
どこかのパーティが殲滅したゴブリンの残党狩りや、害獣や魔物の退治、用水の掃除に廃墟の解体。
冒険者なんて言うがその”冒険”なんて、要は雑用のことだ。
自分でやるには骨だが、任せる相手がいない仕事をなんでもかんでも”冒険”と言えば、冒険者は仕事にする。
自分が楽しいと思うような仕事に誰がカネを払うだろう。
つまりはそういう事だ。
私達はそういう仕事をちょっとした手間と労力だけで片付けて、それをさも大変なことかのようにアピールしながらお金を受け取る。
別に大変だろうとなんだろうと、今受け取るお金は変わらないが、簡単にしたともなれば値切る人間はいくらでも出てくる。
私達が仮に労力に見合う安い賃金で働けば、私達がいなくなったあとに苦しむのは街に居着いている冒険者たちだ。
そういう冒険者に仕事をやるのは、ちょっとした治安対策にもなる。
積極的に罪を犯したい人間は、人間が思うよりも少ないものだ。
だけれど人間何かしら理由が立てば、意外にあっさり一線を超える。
エライさんに命令されたから、もしやらなかったら自分が死んでいた、生きるために必死になって何が悪い。
色々と理由が立つ。
それが正当なものかどうかは、役人が判断することだけれど、しかし、罪人が死罪になったところで、殺された人間が生き返る訳ではない。荒んだ街が元通りになるわけではない。
冒険者という、財産もなく、ただ肉体を持て余している人間は傭兵か犯罪者になるしかない。
傭兵なんて戦争がなければただの犯罪者だ。徒党を組んで村を焼き、略奪するのが普通なのだ。
それをギルドという形で仕事をやるお陰で、冒険者は満足して生きていられる。
少なくとも「いつか素晴らしい冒険が出来るのだ」と言う夢を持つことが出来るのだ。
私達はそういうワナビたちが嫌がりそうな仕事を喜んで引き受け、そして一通り仕事がなくなれば次の街、次の村へと移動する。
やっている事は代わり映えもしない。
でもアンナとの旅が楽しい。
私は一人の時、どうやってこの孤独を誤魔化せていたのだろうか?
旅の途中の街道。どう見ても旅人には見えない農民の一家に出くわした。
馬車の家財道具を見ると豊かな農家だったことが分かる。
彼等は、この先の村の人間"だった"そうだ。昨晩、村を捨てて逃げてきたと言う。
その村では、今、魔族狩りが盛り上がっているらしい。
魔族狩り。
統治する資格のない人間が村や街を守る為だと主張して、無資格の裁判を行い、雑な推論と無理のある証拠で気に入らない人間を吊す"お祭り"だ。
殺してしまえば、真実がどうであったのか調べる術もない。
声を上げた人間が満足するまで、或いは自分が吊られるまで魔族狩りは続く。
その過程で本当の魔族が吊られるかどうかなんて、真実気にしていない。
自分の不満を表明し、誰かにそれをなすりつけて、それを滅ぼすだけで問題が解決したと考える手合いだ。
まるで粗暴な時代の人間のようだ。
人は容易に原始の姿に戻る――否、普段は原始の姿に戻らないように努力している。そのタガが外れると、何処までも自己中心的な本能に突き動かされる。
人間がそこいらの動物と違う方向に転がるのは、その"努力"があるからだ。
それを部分的にでも棄ててしまうような人間は、それだけで動物のような生き物だ。
しかし、それは本当に誰でさえ落ち込む陥穽である。
いつか、暫く滞在していた村があった。
村の人達はとてもいい人で、私に親切にしてくれた。
勿論、治癒魔法が使えたからと言うのもあるだろう。
そんな村で、一つの噂話が流れる。
何処何処の家は全員魔族だと。
ターゲットは幾つか絞られ、そして本人抜きに噂話は広まっていく。
そして憶測が憶測を生んでいき、やがて本気で魔族だと思う様になっていった。
それは私が噂話を聞いてから――「私には魔族が分かるかどうか?」と尋ねられたので、「大抵は分かるし、そんなものはいない」と答えたにも関わらず――四日間で憶測を公然と話す人達が出てきた。
人間は容易に推測と断定を取り違えてしまう生き物だ。
納得しやすい事は正しい事と感じるものだ。
だから、その家族の行動に何かしらそれっぽい理由が付けば、あとは加速度的に"断定"へと向かうのだ。
そこまで来ると、その家族の弁明は何の意味も持たない。
「説明しろ」と押しかける村民は、「私は魔族です」以外の言葉を聞くことがない。
私にパンを恵んでくれた優しいパン屋さんも、私が息子を助けた事を恩義に感じて、寝床を用意してくれた商家の主人も、私の手を握ってよく話を聞いてくれたお婆ちゃんも。
みんなみんなその柔和な相貌を失ってしまった。
村のリーダーが裁判を行い――法的にも形式的にも裁判とは言えないのだが――そして死刑が決定した時、村は最高潮に熱狂する。
魔族を殺せと口々に叫び、酷い罵倒が渦巻く。
私がどれほど、「その人は魔族ではない」と言っても声なんて届かなかった。
それまでに幾人もの”親切な人”に、「そんなこと言うものじゃない」と忠告された。
そして絞死刑に処されると大歓声が上がり、程なく人々は日常に戻る。
人間には祭りが必要だ。
全く代わり映えのしない日々を、ただただ消耗して生きていくしかないだなんて事実、あまりにも苦しいからだ。
だから特別な日が必要で、それは時として荒っぽい方法で実現される訳だ。
日常に戻った人は、数日前に子供にまで手を掛けたことをすっかり忘れている。
私に対して「本当はどうだったのか?」を尋ねる人なんていない。
魔族が死んだらどうなるのか? 魔族と人との本質的な違いはどこか? 誰も尋ねなかったし、尋ねようともしなかった。
自分たちのやっている事に薄々感づいていても、それを無視することで人は生きていけるのだ。
私は逃げてきた農家の話を聞く。
村が恐ろしい事になっていると。
そして、いつ、自分たちがターゲットにされるか分からないのだという。
孤独な人、余所者、人より上手く行っている奴。そんな人間が次々に吊るされたそうだ。
最早、処刑のための処刑が行われているらしい。
農夫はある夜、家族を叩き起こし、最低限の家財を手に逃げ出したそうだ。
代々耕してきた畑も、家畜も、守ってきた家も全て捨てて逃げるしかなかった。
家族の命を助けるために。そして、自分が彼らのような罪人にならないように。
私は彼らに暫く飢えにくくする魔法と足を軽くする魔法を掛けて祝福した。
アンナは神妙な顔で話を聞いていて、そして一瞬だけ自分の魔力を開放した。
魔族の魔法で一つのコインを生成すると彼らに渡した。
そのコインは両面まっさらだが、魔力や法力とは違った力を発していた。
「もし魔族に襲われるような事があったら、そのコインを見せるといい。きっと見逃してくれるから」
農夫とその家族と分かれてから暫く歩く。
アンナは「別に何の恩義があるわけじゃないのにね」と照れ笑いをした。
魔族狩りはあくまでも人間サイドで勝手に盛り上がっているだけの事だ。
魔族狩りの犠牲者にどれほど魔族がまじるものかを考えれば、それは当然のことだ。
でも、そういう狂乱に身を任せない彼らを見て、少しでも助かって欲しいと思ったのだと言う。
アンナは引きつった笑顔で言う。
「あの人だって、相手が魔族だって確実に分かる証拠があったら、許しておくなんてことしないんだろうけどね」
「アンナ、アンナは大丈夫だよ。何かあったら絶対に助ける。
その時は、手荒なことをしてでも絶対に助けるから」
アンナのように強力な魔族でも不安なのだ。人間に混じって生きていくと決めた以上、人間のそういう性質が怖いのだ。
私達は問題の村を避けて旅を続ける。
私達が乗り込んでいった所で、誰も救えないだろう。
処刑された人も、罪を深くする人々も。
旅に目的はない。目標も欲するものもない。
ただ私達は苦しまずに生きたいと言うだけで旅をする。
苦しまないために、常に逃げ続けなければならない。
現実や世界や社会から。
人間、目標を持って生きている方がよいと言われる。でも実際は、目標を持てることの方が幸せなのだ。日常にあるのは目標らしいノルマばかりだ。
役人や貴族には上昇志向のある人間もいるだろう。冒険者から将軍になった人間もいるし、私だってその意識があったから僧侶になれた。
しかし、それを叶えられる人間など一部だ。
運が左右される場合もあるし、目標のために努力できなかった人間もいる。
でも、何れにせよ、人間の大多数が何も成せないまま歳を取り、そして死んでいく。
何か大きな事をしなければならないと言う意識を持っていても、具体的な目標を立てようとすれば、いつだって現実が立ちはだかる。
現実を無視して挑んだ者が成功するが、挑んだ者全てが成功する訳ではない。
成功者の視線で見れば、誰もが努力をしなかった、現実に挑まなかった人間だ。
ごく一部の成功者になるための方法論は、それはそれで為になるだろうが、平々凡々に暮らすことに慣れる為の方法論だって必要だ。
私もアンナも何になりたいかと訪ねれば、普通の村娘になりたいと答えるだけだ。
しかし、そんな方法はないのだ。
村で一生を終えたくない村娘には贅沢な悩みだろう。
そしてある村に到着した。
田舎の村なので、特別何があるわけでもない。
冒険者もそれほど訪れることもない。
平和な村なので、雑用も本当に雑用しかない。
村の人達はいい人たちだ。
こんな胡散臭い女二人でも、仕事をすれば感謝してくれるし報酬もきちんと払ってくれる。
路銀を稼げればまた旅立つという事が決まっている。
そんな私達に執着する一人の男の子がいる。
年齢としては私(の姿と)同じぐらいか。
旅の話を聞きたがるのだ。
と言っても、別段面白い話もない。
面白い話をするつもりもない。
男の子はもっと凄い話はないのかと言う。
いつか訪れた冒険者はドラゴンを倒したとか、或いは王都の近衛隊だった戦士だとか、海の向こうへ行って戻ってきたとか。
冒険者と言う生き物は話を盛りたがるので、そんなのは全部嘘だろう。
でも、彼は目を輝かせてその話を聞かせてくれる。
私達は彼のことが少しだけ好きになってしまった。
彼は冒険者になるために密かに剣の練習をしているのだと言う。
尤も、誰に稽古をつけてもらった訳ではない。
通りすがりの冒険者に話を聞いて貰って、気まぐれにアドバイスを貰ったりして、完全に自己流で自作の木刀を振るっている。
彼が私達に執着する理由は、私が自分と同じ年に見えるからだろう。
いつから冒険しているのか、どうして旅をしているのか、どうやって冒険者になったのか?
私達は適当に話を合わせた。
そんなに格好の良いことも、人を満足させるような話もしなかった。
私は孤児だったから、アンナは戦争に巻き込まれたから。
彼には見習い冒険者の死亡率とか、熟練の冒険者でも行倒れる事もあるとか、そんな話をしているが、彼の憧れは死をなんでもない事のように言うのだ。
「俺さ、末っ子だから家も継げねぇし、小作人になって、一生コキ使われるしかねぇんだよ! 二つ上の兄貴なんて、一日中働いて全部真っ黒にしながら小さな小屋でしか生きられない。あんなに絵が好きだったって言うのによ! 俺はそう言うのが嫌なんだよ!」
一面的には正しい選択かも知れない。少なくとも私達が彼の生き方の幅を制限は出来ないだろう。
ただ、ここで私達が彼を連れていけば、私達は村の労働力を奪った泥棒のようにしか見えない。
「今から一週間効く加護を君に与える。
すぐに最低限必要なものを持って、村を出るんだ。東の街道をひたすら歩き続ければ、一週間で街に出る。
そこから先は君の自由だ。
ただ、今度また君に出逢った時、君が道を踏み外していたら、私達は君を殺すからな。
君に選択肢を与えたことを後悔させないようにな」
彼は突然のことに怖気づくかと思った。
だが、彼は素直に村から消えた。
私達が彼を疎んじていたのは、村の人には知られていたので、まさかの逐電が私の所為だとは思われなかった。
村人に聞かれた時も、「"冒険者なんてなるもんじゃない"って言ってたのですが……見つけたら連れ返しますね」と答えれば、感謝こそされど、疑われることはなかった。
この一件を私は上手く消化できない。
人生、ただ生きていると言うだけが素晴らしい事ではない。だが、命を粗末にしていい訳でもない。
自分を育ててくれた親を悪く扱うべきではないが、しかし、子供は親の所有物ではない。
こんな考えは、この山奥のような厳しい環境では一笑に付すべきことだろう。
そんな"自由"を珍重する考え方、この厳しい時代、厳しい世界で軽々しく口には出来ない。
彼が無事に冒険者になれるか分からないし、生き延びられるかも分からない。
私の加護も完璧ではない、十分に運が悪ければ街に辿りつくことも出来ないだろう。
でも、彼はそれを選んだ。
しかし、彼は自分の命のこと、人生のことを十分に理解した上で選択したのだろうか?
そう言う意味でいえば、私のやったことは高みから一人の子供を唆したに他ならないのだ。
私はまだ「自分に出来る事」に捕らわれているのかも知れない。
何も出来ないと知っていて、それでも何かしてやったつもりになっている。
最悪な気持ちになる。
アンナは「遅かれ早かれ村を飛び出したんじゃないかな?」と言ってくれる。
「どっちが正しいか分からないなら、正しいと間違っているのとの中間の状態だよ。
それを見てしまうまで、自分の行いが正しいか間違っているか判断を保留して良いんじゃないかな?」
アンナには私にない視点がある。
それが彼女個人の資質なのか、魔族の資質なのかは分からないけど。
私とアンナは強いて自分が何者であるのかを語らない。
お互い何かを察しているけれど、それを口にすることはしない。
語り合ったところで私はアンナの事が嫌いになるとは思えなかった。
彼女は人を食わない魔族だ。
仮に人を殺した経験があったとしても、人間を食う生き物とは雲泥の差だ。それに私は明らかに沢山の魔族を殺しているし、彼女はそれも分かっているだろう。でも、彼女は私にそれを言わない。
おあいこなのだ。
勿論、彼女にとってそのような魔族であれ同族には違いない。
だからこそ、魔族の話はデリケートになる。
私もアンナも"聞いた話"と例えることばかりだ。
そんな私達は、山道で雨に降られた。
森の中の小さな小屋を見つける。
人が住んでいるのは明らかだ。
「済みません、軒下でよいので朝まで雨宿りさせて貰えませんか?」
扉越しに声を掛けると、「迷惑だ、何処かに行け!」とツレない返事だ。
声は若い女性の声で、こんな山奥に一人で住んでいてよく平気でいられるなと思ってしまう。
断られることは別段珍しい事ではない。
山の中で一人暮らすような人間は、人と接するのが苦痛と言う場合もあるし、冒険者のような人間が嫌いと言う場合もある。
ただ、私もアンナもわずかに溢れる魔族の魔力に気付いていた。
私は周囲に"領域"を展開すると、アンナは魔力の偽装を解いた。
この小屋の周辺から魔力が漏れる事はないだろう。
中にいる魔族はそれに気付くと、「そ……その……※※※※様ですか?」と尋ねた。
「今はだたの落ちぶれた魔族だよ」
「人間を連れていますよね? どうしてですか?」
「友達だからだよ」
中の彼女は弱々しく、しかし本心から退去を願っていた。
「そうですか……ならば余計にこの場から立ち去ってください。
私はこうやって人間を断って生きています。
人間を食べないで済ませるように努力しているんです。
だから……だから私に人間を近づけさせないでください」
アンナは少し考え尋ねる。
「最近、魔族と話したのは?」
「もう半世紀以上姿も見たことはありません」
「淋しくない?」
「魔族が外を出歩ける世界ではなくなりましたから。
もう仕方がないんです」
彼女は如何にも泣き出しそうだった。
彼女でも魔力制御を頑張っている方だった。
それでも人里に出れば、すぐに魔族と分かってしまうだろうし、魔族と言えども無補給であてどなく仲間を探せないだろう。
「どうして※※※※様は人間なんかと一緒にいられるんですか?
あんなに人間を恨んでいたのに」
「生きる為に怒りさえも手放さなきゃいけない時もあるんだよ」
「※※※※様が魔族の国を再興してくれさえすれば!」
「それはダメなんだ。私には無理なんだ。
魔王が斃された時、私はほっとしてしまったんだ。
他の魔族が、嬉々として人間を屠っている時、私はどういう顔をすればいいか分からなかった。
対話可能な存在をそんな風に扱い続けて、困った途端、自分に有利に話をしようだなんて虫が良すぎるんだよ」
「魔族は滅びるべきだと考えているんですか!?」
「今や魔族は人間に敵わない。人間も魔族のことを対話可能とは思ってないし、もはや駆除対象としか見ていないんだ。
だからこの話はこれ以上先がないんだ」
「私が……私が人を食べる欲求を棄てられたら、その時は友達ができるでしょうか?」
「済まない、それが出来るかどうかは難しい。
私もあの戦いの後、ずっと放浪して最近やっと友達ができたんだ」
「そうですか」
部屋からはすすり泣く声が聞こえる。
そして、鳴き声が止むとこんなことを提案される。
「いっそのこと、私を殺してください。これ以上、孤独に生きるのは辛いのです」
アンナは応える。
「いっそのことだって言うなら、私の子供を身ごもらないか? 私の子供なら人を食わなくても生きられる。
お前が命を削って人を食わないのは分かっている。
幸い、ツレも私も時間はあるのだから」
アンナが笑うには、魔族にはオスとかメスとか言う概念はないと言う。
強い者が弱い者を孕ませる。そう言うルールだ。
"生物学的に"逆が出来ない事はないが、強い子供を作るにはそれしか手はないそうだ。
魔族がどうやって子供を成すのか興味があるが、アンナと相手に遠慮して、小屋から離れて待つことにした。
相手の魔族、人間としての名前がないのでレイラと名付けた。
レイラは私の沈静の魔法で少しは楽に私の前に立つことが出来た。
レイラの腹は"交尾"から一日あまりで膨らみ、そして二日目に産卵した。
人の子供が入る程度の大きさの卵だ。
真球に近く、殻は固く、そして丈夫だ。
レイラは全裸で卵を抱きかかえて温め続ける。
私達はレイラの世話をした。
魔族の常識では、その間は絶食が普通らしい。だが、彼女をこれ以上苦しませたくないと思って、私は彼女の世話をしたのだ。
産卵から二ヶ月程度で卵は孵った。
魔族の子は、何処となく虫っぽい姿の生き物で、身体の表面は岩のようですらある。
名前をラナとした。
レイラはラナにありったけの愛情を込める。
私もアンナも、子育てを手伝う。
魔族は見た目の成長が早い。
三歳にもなると、私ぐらいの背丈になっている。
三人の大人は、ラナに人間としての常識と生きる為の知識、そして人間に化ける為の術を仕込んでいく。
五歳の頃には人間の姿も板に付いてきた。
魔力操作も母親よりもずっと上手くなっている。
アンナは人間の魔力に偽装する方法を教えていく。
レイラは特性上無理でも、ラナは真綿が水を吸うように技術を取得していく。
山小屋に来て、十年が経った。
私とアンナは度々、麓の村を訪れるので、成長したラナを連れていくことも出来た。
ただ、レイラの身体はそろそろ限界だった。
人間を食わないことがこんなことになるのはわかりきっている。
ラナは素直でいい子だけれど、その事だけは腑に落ちないようだった。
麓の村で人間の友達も出来た。
だけど母親も大好きなのだ。
一度、「悪い人間なら食わせてもいいのか?」と言う話が出た。
私は落ち着いて「我々に人を裁いていい権利なんてないよ」と答える。
ラナは泣きそうなのだ。
レイラはラナに「貴方が生まれてくれただけで私の人生に意味はあったのよ」と問いかける。
ラナは自分の母親を生かす方法を調べ、考え、そして私に相談する。
「人間だって動物の肉を食べるじゃない!?」
「もし突獣が知恵を持ち、文明を持ち、自分たちを喰らう人間なんて滅びるべきだと言う結論に至るなら、戦争も出来ただろう。
でも、魔族に起きた事が人間には起こらなかったんだ。
それだけの事なんだ」
「そんなの酷いよ!」
「酷い話だよね……でも、人間は突獣に同情しない。かつての魔族が、食料に何も同情しないみたいにね。だから対話は出来ないんだ。
もし、神みたいな存在が、魔族を屠って食っていたとしたら、そんな存在と対話出来る?」
ラナは「分からない! 分からないよぉ!」と泣きじゃくるばかりだった。
そして遂にその時が訪れる。
レイラは最期に「人間を憎まないでね」とラナに託した。
ラナは「私、きちんと生きるよ! そしていつか、人間も魔族も対話出来る世界にするから!」と叫けぶ。
レイラは満足したような顔で亡くなった。
魔族が死ぬとき、人間で言うなら燃えてなくなる成分が揮発し、そして燃え残る部分が灰になる。
それ以上は何も残らない。
灰は大抵細かい粒子で、すぐに崩れてつかみ所もなくなる。
魔族に墓がないのはそう言う事情もある。
ラナは小さなペンダントに彼女の灰を掬うと、「長い間ありがとうございました」と頭を下げる。
「一緒に旅をしよう」
私が提案すると、「私の夢を手伝ってくれるなら」と答えた。
私もアンナも心が決まっていた。
この十年間、私達は色々と考えさせられた。
そしてその上で、信仰を捨てた私が新しい目標を見つける事が出来たのだ。
「魔族を探す旅をしよう」
私がそう言うと、二人は「マリヤいいの?」と尋ねた。
「どうせなら難しいことを始めた方がよくない? どうせ長生きする身体なんだから」
私達のパーティは見た目としては若い女性と子供が一人と言った陣容だ。
ラナにとってはアンナはパパであり、そしてそのパパの佳い人と言う意味で、私は義理のママではある。
勿論、人前ではそんな事は言えない。
誰もいない所で家族ごっこをするぐらいだ。
人から見てこのパーティは弱小パーティだ。
狩人と軽装戦士、見習い魔法使い。
バランスは悪くないけど、なんの仕事が出来るのか?
冒険者は名声を欲しがるが、私達は下積みの仕事ばかり。そしてある程度雑用を済ませると、修行に出るといって街を離れる。
その繰り返しだ。
さて、冒険者ギルドがやっと存在する程度の小さな街に滞在したときのことだ。
ゴブリンの群れが近くの村を占拠した。
偵察に出たパーティがほぼ潰滅したし、こんな街に手練れと言える人間は、偶然通りかかった熟練パーティぐらいだ。
そのパーティはそこそこ強いが、偵察の情報からして厳しい戦いになるのは見えていた。
ギルドの冒険者を見習いから何から掻き集めて集団で攻略しようと言う話になった。
元騎士の戦士が作戦立案をした。
まぁまずまずだけど、明らかにヌケがある。だから子供のフリをして指摘すると、やっと気付いて貰えた。
戦士は「お前は鋭いな」と高笑いをしている。
問題のパーティの魔導士は、自分にはかつて子供がいたと話してくれた。
私ぐらいの頃に修行の旅に出て、そのまま行方不明だという。
彼は私の魔力を見て、「弱々しいが複雑で美しいな」と言ってくれる。
僧侶の女性は役に立つという攻撃速度バフを教えてくれる。
「秘術は難しいですね」
なんて言いつつ、私の秘術を魔力で偽装して抑止して、その上で再び秘術に変換するなんてことをしなくちゃいけない。
知ってると言っても仕方ないが、彼女の波動が知れるのは便利だ。
彼女を踏み台にして術を使おう。
アンナもラナも射手や戦士から手解きを受ける。
二人に関しては、どちらも専業から聞いたほうが役に立つことはあるだろう。
少なくとも、本性を表さない限りただの"弱い"人間だからだ。
そうして作戦が始まる。
私達三人はバラバラで動くことになり、私は魔法使いと僧侶のバックアップに回る。
私は適当に低レベルファイヤーボールを投げつつ、全域全体にバフを掛ける。
私がやってるとバレると困るので、僧侶の嬢ちゃんを踏み台にする。
彼女の顔がどんどん焦って行くが、周囲が「こんなバフが出来るのか!」と彼女を称えるので、彼女はその場から動けなくなった。
私は彼女のそばにいて、「凄いです!」と言って強めのファイヤーボールを投げて護衛する。
戦いは終わった。
こちら側に被害はなく、ゴブリンは皆殺しにされた。
ゴブリン・シャーマンが混じっていたが、私のデバフで手も足も出なかっただろう。
バフは全盛り、デバフも全盛りだったので流石に疲れた。
尤も、私が踏み台にした娘はそれよりも消耗が激しいのだけど。
熟練パーティは意気揚々としている。
僧侶の彼女を除き。
あとで僧侶に呼び出されて、「あれって貴方ですよね!?」と必死な顔をされた。
「何のことですか?」
「とぼけないで! 遠隔秘術なんて減衰の大きい術、一番近くにいたあなたぐらいしか出来ないでしょ!?」
私は「女神様の加護があったのではないですか?」とか適当に返事をする。
「じゃ、じゃぁ、女神様に感謝しないといけませんね。
あと無詠唱の全体バフなんて、どうやったら出来るんですか!?」
青い顔で訪ねられる。
「魔法使いだから秘術の事はよくわからないけど……修行しかないんじゃないのかな?」
彼女ははっとして、そして「そうですか……頑張ります」と答えた。
"あの"冒険から七十年。
もはや魔王討伐なんて忘れ去られ、人を食う魔族はほぼ滅んだと言える。
アンナと旅をし始めて出逢った魔族は、姿を変え、魔力を誤魔化し、どうにかして生きている者ばかりだ。
小作人をして過ごし、怪しまれたら逃げ去ると言うのが一般的か。
魔族という弱みを握られて、コキ使われている魔族もいる。
もはや魔族は奴隷以下の存在と認識されている。
人間がそうする方便は常に、「人間を食らう存在だから」なのだ。
アンナもラナも、その事実が不快なのは分かっている。
「でも仕方ないじゃない?」
が口癖になっているのは、実際に仕方ないからだ。
酷い状態の魔族を密かに助けたりするが、大っぴらにそんな事をしたらとんでもない事になるだろう。
魔族と人間との対話なんて、どうやったら出来るだろうか?
そんな時、いつか魔族狩りから逃れた農夫に――今は商人に出逢った。
彼は私達の姿が変わらないことに驚いたが、とにかく私達に感謝していた。
だから深い事情を聞くことはなく、そして自分の境遇を話してくれた。
彼は今、そこそこいい暮らしが出来ているそうだ。
ある集落に逃げ込んだ時、その集落の人が優しくしてくれたのだと言う。
恐らくコインから漏れる力を感じ取った面々が、その来歴を尋ねた辺りから目の色を変えたのだろう。
集落の人々は何かと親切にしてくれた。
農夫も家族も集落が気に入った。
集落の産物を街で換金したら、集落の人々が喜んでくれるので、今は集落と街との交易の仕事をしているという。
私の加護が未だに役に立っているのだ。
「素敵なところなので、是非いらしてください」
私達はその集落が気になったので、喜んで同行した。
商人曰く、あまり人を入れたがらないところだが、私達ならきっと歓迎してくれるだろうと言う。
何せ自分の命の恩人なのだからと。
途中、魔力除けの結界を越えた。
かなりわかりにくく偽装されている。なかなか出来の良い術だ。
結界の中に入れば明らかに魔族の魔力を感じる。
二人は安心して、魔力を表に出すことにした。
尤も、本気で出せば結界の中と言えども外に漏れてしまうだろう。
集落の人々はアンナとラナの魔力を感じて、皆、村の中心へと集まってきた。
「こんなに沢山の魔族に出会うなんてもう久しくなかった」
アンナは静かに涙を流していた。
商人は彼らが魔族だなんて今も知らないだろう。賑やかなところが嫌いな少し変わった人たちぐらいにしか思っていないようだ。
だからこの光景には息を飲んでいただろう。
アンナと集落の人々は言葉を交わさずとも状況を把握していた。
魔力の質を見れば、ラナがその子供だと言うのも理解できた。
商人は不思議な思いに囚われつつ、しかし、いいことなのだと言うのは理解できたようだ。
私は商人に、あの二人は暫くそっとしておこうと告げて、彼の家に行くことにした。
あの時一緒だった長男は結婚して、集落で居を構えているという。
次女や三男も成長していて、集落の人達と上手くやれている。
奥さんは私の来訪を驚き、そして「ごちそうを作らなくちゃ!」と出かけていった。
それから、集落を上げての歓迎会を開くのだと言う話にまで膨れ上がった。
集落の長は、自分の生涯をかけて結界を強化していると言う。
私はその結界をより強く確実なものにするように手を加えた。
村の人は貧しいなりにきちんと食べていけるだけの豊かさはあるのだ。
人間のことを恨む気持ちがないと言えば嘘になるが、あの商人のような人間もいると知れば、態度も軟化する。
それに、アンナの渡したコインの存在が大きかった。
人間の、それもただの農夫があのコインを持つなんて、よっぽどの意味があるのだろうと察したのだった。
アンナが魔族の中でどういうポジションだったのか、未だにわからないが、レイラや集落の人々の姿を見れば、かなり人望に篤かったのが分かる。
余計に私の前の姿の話をしづらくなってしまうなぁ。
アンナは村に留まって村を守護してくれと頼まれる。
ラナだって同じ世代の魔族の子供といっしょに過ごすほうがずっと教育にもいいだろう。
だが、アンナは「私はこの村のために、もっと魔族を見つけなきゃいけないって悟ったんだ」と答えた。
この集落を魔族のための集落にしたいと思ったのだ。
商人と話すと、この村の産物はなかなか評判だと言う。
特に魔物除けの護符が人気だと言う。
魔族の作った魔物除けはさぞかし効果も高いだろう――そして、魔族ならばそれがどういうものかも分かるだろう。
実際護符を頼りに村に移住する魔族も多いそうだ。
あまり長居するつもりはなかった。
彼らが無事ならば、私もアンナも満足だ。そして、ラナはいつか帰ることの出来る場所が見つかって喜んでいる。
そして村を――結界を出た時、騎士を従えた聖職者に遭遇する。
騎士団長と思しき騎士から詰問を受ける。
「この先の村から来たのか?」
「この先に村なんてありませんよ。
道の先は行き止まりでした」
「馬車の轍まであるような道が行き止まりなんてことはないだろう!」
明らかにこの騎士団と聖職者は、魔族を狩りに来ている。
恐らく、例の護符の出どころを探ったのだ。
全員始末すべきだろうか?
私達が本気を出せば、全員をこの場で殺すことは難しくない。
しかし、そうもなれば、より強力な軍隊が差し向けられるだろう。
私は法力を開放した。
騎士たちは誰もが手にした武器を手に落とした。
場所の中の聖職者は飛び出し、私の前で平伏した。
「貴方様は……いや、貴方様のような方が何故こんなところへ!」
私の家族が居辛そうにしているが、このまま行くしかない。
「この森は聖なる森だと思え。
いつか、お前たちが十分な愛と寛容を持つならば、この森の先にも行けるだろう」
聖職者はそのことを了承すると、部隊を引き上げさせる事を決めた。
強すぎる法力は無駄に様々な人を感化させてしまう。
だから私はこんなのを使いたくないのだ。
聖職者はこの国でも高位の人間だ。
彼が私達を王様に会わせたいと言うのだ。
断っても延々ついてくるだけだろう。
仕方ないので従う事にした。
アンナは「マリヤ……あんた劇ヤバじゃん」と耳打ちする。
「年々強くなるから困ってるんだよ」
私が笑うと、「なんかずるい」とむくれた。
ラナには「ママ、こわい」と言われてしまうぐらいだ。
この国の王都へとやってきた。
聖職者に頼まれて、法力マシマシで登城する。
街の人間、王様まで感化されてしまう。
王様に謁見して私は語る。
この世界の苦しさ、貧しさを。
そして同時に魔族の困窮、奴隷として暮らしている魔族とそれを利用している人間のこと。
人間には許しが必要なのだと言うことと、そしてより優しさを持つ必要があるのだと言うことを。
それによって、世界はもう少しだけ良くなるのだと。
法力により感化は大抵一時的なものだ。
ああは言っても何処まで約束してくれるかわからないし、いつ反故にされてもおかしくない。
私と二人は暫くこの国で活動しなければならない。
私達の存在は、以前からふとした所で話題になっていた。
ちょこっとずつの手助けは、変わった女のデコボココンビ、或いはトリオとして伝わる。
しかも、"例の奇跡"さえも形を変えて伝わっている。
今になって、個々の情報が結び付けられ、脚色され、神秘的な形で評価される。口封じしたと言うのに、否、むしろだからこんなことになったのだ。
いちいち説明できないので、否定も肯定もしないでいれば、もはや神話となってしまう。
そしてアンナと語らねばならない時が来た。
「マリヤ、魔王を倒した噂は本当?」
「本当だよ」
「そう……私はあの"北方の獅子"を殺したよ」
「そうなんだ」
"北方の獅子"とは、人間の諸国を纏め上げた英傑の一人だ。今でも伝説的に語られる。
そして、北方の獅子が魔族に討たれたのが切っ掛けとなり、人間の攻勢は強まっていった。
尤もそう言うエピソードは最近のものだ。
二枚舌三枚舌を多用し、かなり強引に魔族との戦争を主導した男というのが真実に近い。勿論、それだって伝聞に近いのだけど。
「"これでおあいこ"だなんて言わないのね」
アンナの声が震えていた。
「戦争の形式で言うならば、最初に手を出したのは人間の方だからね」
「でも、私は後悔してるの。どんなに不利な条件でも戦争を回避すべきじゃなかったのかって」
「人間が逆の立場でも戦争は起こってたよ」
「分かってる。分かった上でも、やっぱり人間を許せないところがあるの。
魔王だって強硬派だったし、どうにもならなかった事も、魔族より人間の方が強くなっていったのも分かっている!
でも、自分が許せないし、人間を恨めば、少し気分が和らぐのも嫌なの!」
アンナがその程度の感情さえも許せないのは、明らかに高貴な意識を持っているからだ。
「アンナがそんなふうだから私達は友達になれたんだ」
「マリヤは自責的だから私のことをそうやって見られるだけ。
人間とどうやって接すればいいのか分からない……」
優しく問いかける。
「今まで上手くやれてきたじゃない?」
ただ、それでも納得出来るものではないのは分かっている。
「そんなの分からないじゃない! 全部偶然、上手くいっているように見えるだけじゃないの?」
アンナが冷静ではない。なるべく落ち着いて語りかける。
「ねぇアンナ。私がこの身体になったのを昔は奇跡だと思ってたけど、本当の奇跡は、私達があの時、騎士団と出くわした事だと思うんだよ。
ううん。それだけじゃない。貴方と出会えた事。レイラと出会えてラナが生まれた事。
そう言う事の方がよっぽど奇跡的だし、それが神の御技と言うならもう一度信仰を取り戻してもいい。
だから、だから、私にとってアンナは意味のある存在だし、世の中での役割なんて気にする必要がないんだよ。
後生だから信じて。
世界がどんだけ残酷でも、私とラナは大切な家族だよ。それだけ守れれば、私はこの先どうなってもいいんだから」
私がアンナの手を握ると、彼女は涙を流し尋ねる。
「それでも、それでもやらなくちゃならないことはあるじゃない?」
「うん。いっしょにやろう?」
差し当たり、魔族の集落の入り口は、騎士による関所が出来た。
魔族に対して否定的な人かどうか見定めて、魔族の集落への出入りを定めた。
また、集落には騎士と代官が派遣された。
人質であり証人である。
集落の人達、そしてあの商人にもきちんと説明する。
これが新しい世界への第一歩なのだと。
商人の息子は魔族と結婚していて、魔族のことを知っていた。
それ故に、商人の説得はスムーズだった。
父親に見せていない魔族との子供を見せて、人間と魔族との間の子なのだと告げる。
父親は全ての覚悟を決めて、この集落に一生を捧げると決めた。
私達は国内の各地を訪ね、魔族をかき集める。
いつか奴隷から逃がしてやった魔族、人里離れた山小屋で縮こまって暮らす魔族。
各地で魔族を見つけ出し、そして村へと送り込んだ。
村には人間の入植者も出てきた。
大きくなる村。魔族しか作れない工芸品やマジックアイテム――商機なのは間違いない。
噂は静かに広まっていく。
国外からの魔族も集まってくる。
代官はかなり平等に考えられる人間だった。
私と沢山の問答をしたが、極端な仮定でも公正な判断が下せると思えた。
アンナとラナは、魔族として出来ることをしていく。
魔族とのトラブルを解決し、魔族の力で人の困っている事を助ける。
私達一行は、バランスの取れた存在に見られているし、公正な判断を下すだろうと言う期待があったのだ。
勿論、魔族に対する生理的嫌悪が消えている訳ではない。
きちんと説明し、説得する。
蒙昧な人達は、いくら言っても信じないし、そう言う価値観に閉じこもることで生きている。
だけどその中で小さな一歩、小さな意識、それが植え付けられればそれでいいのだ。
だからこそ村は必要だった。
魔族に偏見のない人を少しずつ増やしていく。
時間の掛かることだけど、そうしていくしかない。
急激に混ぜ込んでいい事になるとは思えないのだ。
私が"偉人"と知れれば、人々は手のひらを返したように話を聞く。説法に感心する。
勿論そこで納得したからとて、簡単に自分を変えることは出来ない。
だから今はそれを知っていてくれるだけでいいのだ。
外国からの干渉もある。
勇者の偉業を無駄にするのかと。
そこで私の登場となる訳だ。
かれこれ七十年、八十年ともなれば覚えている人間なんて殆どいない。
その例外である教会は難しい立場に立たされる。今の教皇は明らかに伝説を覚えていて、私と問答すれば私が本物であると言わざるを得なくなる。
しかし、教会は魔族との戦いで力を付けた存在である。
だからこそ、教会として私の裏切りは許せない――だが、私の日々増大する法力に勝てる人間は誰一人としていない。
近頃は私の説法こそが教会として在るべき姿だと言う声まで上がっている。
少なくとも、今いる国の国教会は完全にその方向へと振り切っている。
戦争の香りが立ちこめてきた。
戦争だけは避けなければならないのは分かっている。
だが私は控えめに言って、七十年隠遁生活を送っていた"ただ法力が異常な人間"でしかない。そんな人間が交渉の場、外交の場に出て行けるものではない。
王は私を買い被っているが、しかし、法力の"悪影響"で人を感化できても一瞬の事だ。
むしろ、そんな騙し討ちのような方法で外交的勝利を手に入れたところで、そこで生じた歪みが遠からず別の戦争を産むだけのことだのだ。
それでも私は使節団に同行することになる。
こんなご立派な衣装を着させられるのは、魔王討伐後の戦勝記念パーティぐらいなものだ。
こんなものが何の意味があるのだと悪態を吐くことは出来るが、それこそが人間と言うものだし、それ故に人間社会が成立している。
全てが文脈上に置かれている。
一つ何かをしたと言うだけでは終わらない。
だから戦争を止めると言う仕事には、今後の戦争の可能性を産んではならないと言う前提が付くのだ。
聖都では力をセーブする。
法王よりも法力の強い人間なんて、この国で誰が見たいだろうか?
私の法力は強すぎて、普通の人でも感じてしまう。
そんなものが持ち込まれれば、聖都は大騒ぎになるのは確実だ。
そうもなれば、今すぐにでも戦争になるだろう。
仮に戦争が起こったとき、我々が魔族を兵士として出すならば、魔族の力に人間の尊厳を売った国と言われるだろう。
かと言って、魔族が戦争に参加しなければ、その勝敗は兎も角として、魔族のために何故、我々が命を賭ける必要があるのか? と国民は思うだろう。
だから絶対に戦争は起きてはならないのだ。
聖都には魔族の出入りは出来ない。
結界の問題もあるが、国民の意識の問題もある。
だからアンナには国で魔族をまとめ、そして人間と交渉していく必要がある。
教会としても無闇に戦争を起こしたいわけでもないだろう。
今回の一件は降って沸いた事象だ。戦争のための備えなどある筈がない。
そうであるなら、教会が魔族の存在を承認できる建て付けさえ与えればいいだけだ。
そういう訳で、先に神学論争をすることになる。
聖典やそれに付随する書物は見習い時代に完全に頭に叩き込んである。
神学による様々な解釈も理解している。
九十年神に仕えてきた私を門外漢とはできないだろう。
一般的に、創造の女神がこの世に与えた"よきもの"と"わるきもの"に於いて、前者が人間であり、後者が魔族と言う事になっている。
天国と地獄に対する記述は実は存在していなくて、「死後それぞれが違う道を行く」と言う。
教会は天国と言う概念を持ちだし、「人間として産まれ神に対する信仰を持つことで行ける」と説明している。
信仰を持たない人や魔族は、即ち地獄行きと言う訳である。
しかし、実際、善良な魔族もいれば、外国の異教徒にだって素晴らしい人間もいる。彼等を十把一絡げに地獄送りにすると言うのは些か乱暴だ。
三度の食事に常に祈りを捧げ、教会に通う奴隷商人だっている。
聖典については奴隷についての記述がないので、それをどう扱ってもよいと思っているのだ。
人が、人なり魔族なり、人格を持つ存在をそのように扱う事が、果たして神の道なのだろうか?
奴隷を使う人間はこういう「奴隷は資産なのだから、大切に扱っている」と。
人は資産ではない。
人は人として産まれた以上、神は等しく価値を与えている筈だ。
人間如きが神の御心を知った振りをして、これは"よきもの"、あれは"わるきもの"だなどと判断するのは、むしろ神を"利用"することになる。
ましてや、そんな人間が自分を"よきもの"と判断する厚顔さはなんだろうか?
教会が人を"よきもの"へと導く存在である以上、教会の価値や役割は変わらない。
ただ、"よきもの"と言う神の与え賜もうた宝を、人は十分な思慮と善良な心によって決定しなければならないだろう。
その決定の為にこそ教会があるのだと。
魔族であれ、人間であれ、神の前において"よきもの"を目指すべきであり、宗教に於いて肯定される「"よきもの"と"わるきもの"の闘争」とは、魔王なき今、個々人に於ける内面での戦いとなったのではないか?
むしろ魔王との戦いこそ、魔族を人を喰らう"わるきもの"から解放する為の聖なる戦いだったのだ。
なので魔王が斃され、人を喰らう魔族がいなくなった今、魔族は神の責任に於いて、人間と共に"よきもの"へ歩む仲間となったのではないか。
私はあまり神学論争と言う事を好まない。
現実の問題を無理矢理聖典に結びつける行為に何の意味があるとも思っていなかったからだ。
しかし、宗教を信じる人が無数にいて、そしてそれを守る仕組みがこれほどまで強固にあるのだから、それを正面から壊すことは出来ないだろう。
だからこそ解釈が必要なのだ。
目の前の人を悪者にせず、その上で行動を変えさせる"屁理屈"が必要なのだ。
そうして実務的な話になる。
魔族を幾つかの居住区に分けて住まわせ、ある程度の自治権も与える。
軍事的な装備と権利は与えず、その代わり、国際的にも魔族を戦争に使うことを禁止させる。
行政は各自治区の代表者に行わせるが、決定権そのものは教会から派遣した総督が持ち、本質的には追認するが、魔族の権利に関してはその総督が責任を持つ。
教会は人類愛によって魔族を迫害と隷従から守る義務を持ち、同時に魔族は教会の信頼を勝ち得る為に教会に帰依する。
アンナは国内の魔族になんとしても上記の条件を呑ませなければならない。
アンナ、そしてラナ。お願いだ。みんなを説得してくれ。
教皇が私の前に現れることはなかった。
教皇は私が”冒険”から戻ってきた時、私の世話をしてくれた若い司祭だった。
だから彼も複雑なのだろう。
細かい交渉が始まり、どれが飲める条件か、どれが飲めない条件かを厳しく点検していく。
滞在は二週間目となった時、早馬と転移魔法による速報が届いた。
内容としては、アンナが魔族を上手くまとめ上げたと言う話である。
国としては統治のリスクを教会が持ってくれて、それでいて魔族による生産が国を潤す可能性に期待している。
三方それぞれに悪い話ではない。
教会は「あの魔族でさえも導ける」と言うのが威光として悪くない。
私は教会の邪魔をしないという誓約書も書かされる事になるが。
話はまとまり、条約を調印した。教会の枢機卿、国の全権大使と魔族代表としての私だ。
聖都を離れる前日の夜、私は大聖堂へと呼び出された。
そして教皇に出逢う。
人間としてはかなり高齢者だ。
彼は杖を突きながら歩き、そして威厳のある声で語りかける。
「貴方は、王都を離れるときに言いましたね。自分が出来ることは人々に寄り添うことであり、教会をまとめる力のある人が教会に残るべきだと。
私は貴方の言葉に感銘を受けていたからそのようにした。
貴方は信仰に生き、そのまま亡くなったのだと聞いたとき、私は貴方が羨ましくて仕方なかった。
教会に残るとは、様々なしがらみに捕らわれ続ける事を意味していました。
今の教会を貴方はよきものと思っていないだろう。
魔王との戦いのなくなった今、教会は権威のためになんでもする存在になってしまった。
信仰を守る為にそれは仕方のなかった事なのだ。
私の人生は、その恥辱に塗れながら死ぬのだと。
貴方は村の小さな教会で息を引き取ったと聞いた。
七人の敬虔な人々に見守られて。
私はどうだろう? 死ぬとき、その七十倍の人々に見守られるだろうが、その信仰はいかほどだろうか?
だから貴方が今、私の目の前に現われて、そして魔族と和解しろと言われたとき、とても苦しい気持ちになったのだ。
あなたは七十年前とちっとも変わらない真っ直ぐな人だったのだ。
私は私の事が恥ずかしい。
だから、貴方には教会の全てを任せたい」
「私にはそのような資質はない。それに、教会に関わるなと言われてしまったしね」
「そんなもの、私の命令でなんとでもなる。
教会に残ってくれ。
お願いだ。
さもなくば、私が教会を去りたいぐらいだ」
「すまない。君が悪い訳ではない。だけれど、私がそんなことをして、誰が喜ぶんだ?
魔王が討伐されて、魔族が真に救われるまで七十年。
その間に教会が腐敗したというのなら、教会は同じだけの時間を掛けて正しい道に戻るべきだろう。
そのために教会は魔族と共に歩くべきなのだ」
私がそのように断ると、彼は少し俯き、そして言う。
「信仰を捨てたそうですね?」
「魔族側に立つなら悪い選択ではなかったと思う」
「その魔族が教会に帰依するならば、貴方も信仰を捨てたままではならないでしょう」
「そうであるなら、序列はリセットされてますね」
「では、今度は貴方が一から教皇を目指しては如何ですか?」
「私には無理ですよ」
「あなたはまだ見習いと同じなのだから、未来は分かりませんよ」
教皇の発言はお付きの人間が逐一記録している。
教皇が聖都でこうしろと言えば絶対だ。
「条件があります。
私には私の愛する魔族と、その子供がいます。
私が聖都にいて、離ればなれと言うのは余りにも辛すぎます。
聖都の門扉を魔族にも開放してください」
教皇は少し考えて答える。
「ではそうしよう。
だが、そうであるならば、その子供にも神の道を歩んで貰おう」
「彼女がそれを認めるならいいでしょう」
「いい答えを待っている」
斯くして私達の身柄は聖都に留め置かれて、そして魔族の居住区が作られた。
私とラナは見習いとして教会で"上"を目指すことになり、アンナは教会と魔族の連絡官として活動をしている。
魔族としてきちんとモノを言い、そして魔族にきちんと言って聞かせることが出来るのは彼女だけだからだ。
街は発展していく。
そして私達は序列を上げていく。
教皇は大往生となり、最期に「マリヤが成長したら彼女を然るべき役職に就け、そして最期は教皇に立たせよ」と宣言した。
あぁ、それから何年経っただろうか?
「ママ、自治区の代表との昼食会、私抜けていい?」
「仕事中にママはやめなさい……孤児院に入った魔族の子の面倒? 枢機卿が出入りしてるだなんて知れたら大事よ」
「むしろその方が楽しくない?」
「やめなさい」
「あと、パパ……じゃなくてアンナ連絡官が相談あるって。すぐに行ってあげて」
「分かったよ。ラナ」